miyajima/weblog

2005-01-18

Generic Code

正月ぼけも引かないうちに、山のようなレポート課題を提出してようやく落ち着いた。早く春が来ないかなと思うようになってきた。

1月を過ぎて最近は研究論文の発表会が多い。この日、最高気温-10℃の雪の積もる中(最近雪を見ない日はない)、たまたま学校に寄ってみると、ジャック・ヘルツォークがGSDに来場していた。小さな部屋を借り切って自身が指導する学生の中間発表を聞き、学生のスピーチの間にコメントを差し挟んでいる。


以前にも書き留めたように、ヘルツォーク&ド・ムロンは今年からGSDで都市リサーチに乗り出しており、今回は以前の発表以来の調査経過の成果を問われる形となる。今回拝聴したのは、サント・ペテルスブルク、パリ、シリコンバレーだった。
opera house paris
目前にいるヘルツォークは思ったよりもそれほど長身というわけでもない。人が言うほどギャング風でもなく、谷口さんにお会いしたときのようにこちらが畏れいる(?)印象も受けなかった。むしろはじめは自分の目の前に座って話している人が誰かわからなかったほどだった。ちなみにこの日彼は上から下までプラダらしきダークグレーのスーツに山高帽、そして赤ラインの入った白のスニーカー・・・。

ヘルツォークのコメント一つ一つは、学生の聞き役と言うよりは、自身が興味をもっていることを話し、それがなかなか面白い。それらは決して論理一貫したコメントではないのだが、感心のつかみどころ、それに対する自身の仮説へのつなげ方がうまい。勘がいいといえばそれまでなのだが、問題として抱えていることをいつもふところに持ち歩いているからこそ、すぐさまコメントを打ち返すだけの瞬発力を持っているのだろう。

部屋に入ってみると、いくつかの発表がすでに終わり、パリの調査をする学生の発表をしていた。彼女はパリの特異性を解釈するにあたって、Luxuaryをキーワードにさまざまな現象を取り上げていた。

haussman's paris

ひとつは郊外に点在する17,8世紀のアンドレ・ル・ノートルらによる造園デザインと、オースマンによる放射状のパリの街路パターンの関連性の話である。放射線状に広がるその遠心的庭園パターンは、オースマンによるパリの街区パターンの鋳型となる「タイプ」であり、またパリが時代を経て郊外に拡張するパターンと連鎖する、と。また一方で、ヴァンドーム広場のように庭園は都市に内包され、ラグジュアリーなスペースとして社会的認知を獲得する。この広場の平面形がカルチェの腕時計の形と一致するのは、その歴史的背景の隠喩云々、というのはちょっと眉唾だったが、たしかにそれらがスライドに並列されたときのビジュアルインパクトはないとはいえない。

18−19世紀にかけてのフランスの建築理論家クァトルメール・ド・カンシィによれば、「タイプ」は、建築にとって一種の原理として働くが、しかしそれは必ずしも抽象的なものとは限らず、モデル(模写対象)ほど明瞭なものではないにしろ、そこから容易に形が抽出しうるような、かなり具体的なものであり、しかもそれは決して一つだけとはかぎらず、時と場合によって様々な「タイプ」が要請され、またそれらが様々に組み合わされて、新たな「タイプ」を生み出すような存在なのである。たとえば、「放射状」というのはもともと存在する「タイプ」で、そこから様々な造園や都市のヴァリエーションが生み出されてきているということになる。さらにこの歴史的連続性は、パリが1980年代ミッテラン政権時代に郊外に交通網を延伸し、郊外に散在するオリジナルの公園自体とほとんど接続されかかる状況にまでになる。(たとえば美術家ダニ・カラヴァンの「大都市軸」造園計画)


versiles: http://www.lib.utexas.edu/maps/france.html

しかしながら、その放射状パターンは計画された街路すべてが実現されたわけでもなく、都市に計画の残余を残す。歴史を通して蓄積された残余は都市のポテンシャルとなる。ここでヘルツォークがちょっと飛躍を含みながらコメントしたのは、ル・コルビュジェがパリに計画した「輝ける都市」についての批判で、そのようなパリ特有の拡張性をもつ「タイプ」(ここではgenetic codeとヘルツォークは呼ぶ)になぜ目をむけなかったのか、ということだ。なるほど「輝ける都市」は郊外に広がる庭園と都心との「接続」、それにともなう都市的密度と田園的密度の結合を予感させる画期的なアイデアだったかもしれないが、彼の計画と当の都市とは決定的な断絶をはらんでいる。輝ける都市は、パリの拡張性を阻害する一方、自身もまた拡張を拒み、孤立したオブジェクトとして「輝き」続ける。これはパリ固有のローカルな問題に対する改善策というよりは、どこでも転用可能なイデオロギー色の強いもので、マーク・ウィグリーが言うとおり、「パースの木が異常に大きい」。つまり、緑がビルディングのサイズに引き伸ばされている。本来ならパースに描かれる木は豆粒ほどでしかないように。 その後もこの問題は尾を引き、Piconによれば、1960年代、パリ市街で大規模な衛生などの老朽化したインフラのリノベーションやポンピドーの再開発(既存街区のクリアランス)などがなされ、その断続性にシチュアシオニストらが異を唱えていく。

corbusier

第二にそうした「タイプ」に内包される要素がどのようなもので、それがどうパリをいう「タイプ」を形成しうるかということだったと思う。パリは世界的ブランドの本社が集約される場所でもある。しかし世界各国ごとにブランド数とその売り上げを数えてみると、トップからアメリカ、ドイツ、日本、スイスと続いてようやくフランスがランクインする。
何がブランドで、何がそうでないかが気になるところだが、それはさておき内訳を見ると、ヘルツォークが補足したように、フランスの特異性が出ていて面白い。フランスといえば、服飾・貴金属関係の高級ブランドのイメージがどの国よりも高い。実際に統計を調べてみると、なるほどアメリカにはマス(一般消費者)に製品を供給するMSNやIBM, Apple, Adobeなどが、日本にはSONYやTOYOTAが入っている。たとえばPriusのデザインチームは最近のID誌にも評論されている。

これに比べると、フランスの場合、LVMHなどの高級ブランドが参入してくる。それらはある程度排他的に顧客層を絞ったマーケットのなかでシェアの拡張を狙うグループだといえる。こうしたブランドのもつイメージがパリのイメージと重複し、そのイメージは都市がおのずと向かうベクトルに影響力を行使すると言うわけだ。スライド写真にあげられたように、ヴィトンのカバンがそのまま建築的スケールに引き伸ばされたオブジェがパリに置かれる状況は、その直接的証拠とも言えそうだが、一方でパリと言うよりはむしろラスヴェガスのパリ版というべきもので、パリの特異性というよりは、NYCでも名古屋嬢の本家名古屋でもかまわず、購買者のいる都市ならどこにでもセットOKじゃん、と感じられる。ただその挑発的セッティングによって際立つ背後の都市、ツーリースティックとはいえ、ブランドが歴史的背景をバックグランドにしたその構図、モダンと歴史のフーガはパリ独自ということはいえるかもしれない。背景が富士山ではどうにも具合が悪い。(ただあの模様はジャポニズムが流行した頃デザイナーが家紋を流用したもの、といわれる。なるほど。)

Big Vuitton in Paris

だが一方で各ブランドの売買が進み、ブランドイメージと場所の乖離がおきて多国籍化が拡大し、単純に国別に分類比較することが難しい状況になってきている。それが都市にもさまざまな位相で反映される。たとえば洋酒のヘネシーが主体のLVMHグループは異国のFENDIやタグ・ホイヤーを傘下におく。GUCCIグループはイブ・サン・ローランを買収して本社はアムステルダム/フィレンツェにある。スイスのカルチェはパリにJ・ヌーヴェル設計の財団を抱える。

彼の事務所が大所帯になったこともあるのかもしれないが、彼は建築家のブランド化に非常に敏感らしく、たとえばプラダのように限られた購買層の中で作品のクオリティを確保しつつ市場を確保すること、さらには事務所のブランド性を維持しつつ、その中で建築家自身が交換可能性をもつ可能性を予感しているようだ。限られた購買層の中でシェアを拡張し、作品のクオリティを確保することで独自のアイデンティティを獲得する可能性については以前、OMAと関係の深いポール・ナカザワ氏からBlue Ocean Strategyの講義で拝聴したことでもある。

そこでヘルツォークが例としてあげたのは香水だった。そのデザインはほとんど変ることなくブランドのイメージを支配する。服飾のデザインの場合、時期に応じてデザインも大きく変わり、デザイナーもまた躊躇なく交代される。一方香水には安定したデザイン、イメージが存在する。そこで多くの消費者が彼曰く、"stupid"な香水や時計を買う。建築にとっての香水、そしてその相互作用を建築に置き換えるとどういうことになるのか。またもしも逆に、グッチやLMVHのようなブランドが崩壊したとしたら、どんな状況がありうるのか。

EGOISTE / CHANEL
少々美学風の話からは遠のくが、ある話によると、企業が成長していく過程にはある法則が存在するという。その指標となるのが市場浸透のペース、そしてリピートの頻度である。市場浸透のペースは市場でシェアが高まる速度を表し、リピート率は新規顧客がその後も購入して固定客化する確率である。ややこしい言い回しになってしまうが、理想的なのは市場浸透速度が速くてリピート率が高いパターンだ。だがブームに乗って「にわか顧客」が増加すれば市場浸透率は急激に高まるが、たいていリピート率が追いついていかない。「にわか顧客」の中に「本物の顧客」が埋もれてしまうようでは良い顧客が逃げてしまう。ブランド育成という視点に限らずビジネスには適正な成長スピードというのもが存在している。すぐれたブランドは市場浸透のペースは遅いが、リピート率が通常の商品と比べてかなり高いという特徴を持つ。
この意味で香水は両方を満足させる商品だといえる。

LMVHを買収したオーナーが面白いことを公言している。どのブランドを買収するかという選択基準があるそうだ。第一にはブランドイメージ、そして
第二にマニュファクチュアリング、つまりプロダクトのクオリティを維持できるバックグランドがあるかどうか。ここではすぐれたパタンナーや縫製職人のことを言う。そして第三にデザイナーの質。だがデザイナーは時期に応じて交換可能性をもつ。デザイン界には若くて労働単価の安い有能なデザイナーがごろごろしているから、それをプロモートしていくことがブランド力をアップデートし維持するという。つまり通常イメージされる、デザイナーを頂点とするメイン・システム−サブ・システムの関係が、彼にとっては逆転あるいは並列化されるということになる。

プロダクト性の強いファッションとくらべて、どうしても土地や施工のようなローカル要因に引っ張られる建築に、彼のコメントをそのまま当てはめるのは難がある。私事の経験からいうと、その泥臭い側面をこなせないとものにならない。個人的にはそれで建築家の未来をひとくくりにすることには「ちょっとまて」、とタンカをきりたくもなるが、当事者以外の建築観はカーサのようなメディアをみればそうともいえない。都市の動的な流れを建築よりもはるかにいち早く敏感に表現できるのはファッションだろう。そしてその内燃機関とはそういう苛烈なものなのだろう。誤解かもしれないが、彼はいささか醒めた目で自身の行方を見据えながら、そうしたアクティビティを建築に持ち込むことに臨んでいるような気もしなくはない。
おそらく、建築家本人も含めてイメージの管理が必要で、そろそろ版権に匹敵するようなヴィジュアルの権利を建築家自身主張しなければいけないことになるかもしれない。


一連の発表が終わり、電動ブラインドが上がって明るくなった部屋の中で、ヘルツォークは学生ひとりひとりに歩み寄り、感謝し笑顔で握手をかわしたかと思うと、さっと踵をかえして一人部屋を去っていった。
都市の建築、この優れた人間的事象は、こうしたさまざまな伝記の具体的記号だとアルド・ロッシがいうように、それにより我々は都市を知ることができるのだろう。ジョバンニ・カナレットが絵画”Capriccio”でベニスの運河に沿ってパラディオの実存しない建築作品を滑り込ませ、都市に自身の夢想を紡いでいったように。

posted at 06:05:13 on 2005-01-18 by miya

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