my landlord

Wow ! I found my dear landlord on a website
my dear landlord
The painter presented the orifinal painting to him and I see it in a frame in his living room. His family and I love it.


このspring breakではあまり外出せず、ずっと下宿先のapartmentにいた。昨日は暖かかったので庭にテーブルを出して学習。おかげでその間、久しぶりに大家さんご夫妻にも夕食を頂いたりアイスクリームをデザートに頂いたりした。
僕のアパートと、大家さんについて書いておこうと思う。
car garage?
僕のアパートは学校から自転車で7分ほどの坂をのぼった住宅街にある。garden streetというだけあって、森の中に大きな家が点在してる。ニューイングランド地方独特のスタイルが木立に見えるのはなかなか美しい。
アメリカに渡った後すぐに、大学のアパート紹介のウェブサイトをたよりに何軒か見て毎日歩き回り、たまたま見つけたのが今の住処である。
ハーバード周辺のアパートはマンハッタンほどでないにしても家賃はとても高い。7,8畳(26?)程度の個室を友人とshareしても$700-800/monthほどはする。shareをしないとstudio(ワンルーム)でも$1100程度。大学の運営する寮やアパートに応募すれば、大学が自動的に部屋をあてがってくれるのだが、バックパックをしょって旅していた頃の癖から、どうしても自分で部屋を見て決めないと僕は納得ができなかった。たしかに独力で探すのは一苦労だったが、それぞれの家を訪ねてアメリカの生活や人の素顔をじかに見ることができるのは結構楽しかった。
その中でもこの夫妻のアパートは異色だった。庭に面して平屋の建物がぽつんとあるだけ。夫妻の母屋と庭を共有する形になっていた。庭のとても大きな木が傘のように庭を包んでいる。がっしりした幹から枝へと、野生のリスがせわしなく行きかう。
聞けば、このアパートはもともとはカーガレージだったという。車4台分くらいの広さがワンルームになっているから、けっこう広い。鉄骨梁が天井にむき出しになっていて、見ようによってはCase Study Houseに見えなくもない。気に入ってしまった。
ご夫妻はつたない英語でボストンにやってきた僕にとても親切だった。狭くないかな、と尋ねてくれる夫妻に、日本人は小さいところに住むのに慣れてるから、これは広すぎると答えた。そうこう話し込んでいるうちに、彼から自分もハーバードで化学を教えていて、ノーベル賞もとったことがあるんだよ、と笑顔で名刺をいただいた。その名刺は、文字デザイナーの奥さんがデザインしたものだった。
Doc and Shonen-Jump

a snow day

ノーベル賞を受賞されたといっても、ご夫妻の家は木造3階建てのごく普通のたたずまいである。車もベンツの10年以上前のタイプを2台、ずっと使いこなしている。
教授もずっと柄物のシャツにウェスタン風のボロータイ。
庭では季節の変化を楽しむことができる。夫妻は夏になれば、夕方庭のテラスで夕食をし、冬になれば庭の雪を楽しみながら、友人を招いて食事をする。
僕の方も、時々GSDの日本人仲間を集めて食事や忘年・新年会、打ち上げ会などをすることもあれば、一面真っ白の庭にこっそりかまくらを作って夫妻を驚かせたことも、楽しい思い出である。
時に夫妻の招待で、歴代の下宿人が集まって食事をしたのはとても面白かった。国籍はネパール、タイ、イギリス、アメリカ、日本(僕)など。彼らの専攻は同じ大学でもビジネス、法学、民俗学など、それぞれ違うのだけど、広い部屋そして庭をどう使いこなしたのか、それぞれのアイディアがまた個性的で面白かった。
ただ、いつも夜遅くに帰宅する僕は、1ヶ月近くまったく彼らの姿をみたこともないときもあった。彼らも講演などで世界中に飛び回っているので、なおさらである。リビング・ルームには世界中の旅先で撮った写真が飾ってある。どれも子供や人が写っていて、やさしさを感じる写真だ。
日本にも昨年秋、仙台に招待されたというので、周辺のどこに行くといいのか、いろいろリストを作ってあげたのだが、あいにく博士の体調がすぐれず、このときは中止になってしまった。
しかしそれまでも夫妻は何度も日本に来ているという。
この休み期間中、ワインを頂いているとき、突然奥さんが「そうだわ!」と何かを思い出し、僕に差し出したのが「週刊少年ジャンプ」 (1992年50号) だった。
なんと教授のインタビュー記事が7pageも載っているではないか。
「物事の解明はいつも『なぜ?』から!!」という見出し。
早速それを読んでみる。ノーベル賞を受賞された博士が子供たちに夢をあたえるメッセージを書き、それを和訳したものらしい。心に残ったものを抜粋してみる。
「私はこれまで、誰もが一度は疑問に感じても、結局は追求することをあきらめてしまうような究極の命題について興味をもちつづけていました。・・・・私が君たちにかわってこれらの問題に答えを出せるわけではありません。答えは各自が求めていくものです。大きな問題をより小さな問題に分けて、答えやすくしていくのです。すると、これらの小さな問題をまとめることで、究極的な命題に答える鍵となる発想が生まれてくるのです・・・」
「まず手始めに、疑問を投げかけることです。そして自分の出した答えからどのような新しい疑問点が生じるかを想像してみてください。多くの問題を解決すると、その答えと深く関係があるかどうかはともかく、新たな疑問点が出てくるはずです。・・・常に問題を解決し、そこから派生する新たな領域を切り開いてください。」
「しかし賞をもらうことは、動機とはなりません。自分なりにうまくやり遂げることができれば、科学研究そのものが私の報酬となるのです。成功すれば、私たちをとりまく世界の理解、知識、そして私たちの生活の向上につながるのです」
博士はクラリネットがプロ並みの腕前とある。そうか、ここを出る前に一度お願いしなくては・・・
奥さんに、この記事の英訳を約束している。ここを出る前には、ぜひそうしたいと思う。
庭の木蓮もいよいよ花が咲いてきた。
Dr. William Lipscomb