フィッシャー邸

卒業後、Cambridgeを離れてNewYorkで時間を過ごしている。
何度も来た街だけど、来る度にいつも新しい発見や出会いがある。
そんな期待が高まるのは、ボストンからハイウェイバスがBronxを抜けてQueensにさしかかり、突然イーストリバーの向こうにマンハッタンが現れるとき。高層ビルが黒くゴツゴツとした影のかたまりになって水面に浮かぶその姿を見るこの瞬間に 、それは畏怖と征服感を肌で感じさせる。
ここでは1週間ほどで滞在をすませてどこかに飛んでいくつもりだったが、 偶然いろいろな人に会うことができて滞在が予定以上にのびてしまった。Shuji夫妻、Kiuchi氏, Soさん、Kenta君はじめ、みなさんありがとうございました。
そんな交流のおりに、ふとルイス・カーンのフィッシャー邸の話題になった。フィラデルフィア郊外にあるその住宅を訪ねたという。カーンの住宅作品としても際立って興味深い作品だ。しかし住宅である以上、非公開の現地にたどり着くのは難しい。
そこに住むフィッシャー夫妻も80歳を超えるご高齢という。住宅そのものの話題から夫妻の人柄などを話を聞いているうちに、夫妻が実際に生活しているその住宅に興味が湧いた。

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建築家の設計した住宅はファンズワース邸、落水荘、グロピウス自邸、イームズ邸、シンドラー自邸などいろいろ見た。しかし、それらはすべてもとの主を失った博物館として公開されていた。そのもぬけの殻から、実際に生活に使われるときに醸し出されるエモーションは「残り香」として想像するしかない。つまり訪問するわずかな時間で集約的に何かを体験するしかない。しかし個別のプログラムに沿って住宅に形が与えられるとき、長いタイムスパンのなかでどういう経験が起きるのかを、生活は語るときがたしかにある。
-an ordinary site
翌朝、走り書きのメモを手にチャイナタウン発のバスに乗った。バスや汽車を乗り換えてたどり着いた、のどかな住宅街。大木の並木に包まれた中に東部風の住宅が隠し立てもなく並ぶ様子は、どこか自分が暮らしたケンブリッジの住宅地に似ている。たしかにハイランクの社会層の住宅地だが、子難しい顔をした賢者が森に隠居するようなところではない。
意外にもあの住宅は他の住宅に並んで建っている。その家は決して森の中に孤立しているわけではなく、隣地の住宅が視界に入ってくる。隣地とは7-8mほどの距離程度で、その間を木立で柔らかく仕切るとういう、アメリカのこの手の郊外住宅地でよく見かける建ち方である。ほぼ同じスケールで家族構成も同じグロピウス自邸が広大な果樹園の中に建っていて、隣のブロイヤー自邸がほとんど豆粒のようにしか見えなかったのとは対照的だ。

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客を隔てる塀もなく、砂利のポーチから外観を眺めているちょうどその時、背後から車の近付く音がしたかと思うと、ピンクのポロシャツに半ズボンをはいた体格のいい一人の老人がゆっくりやってきた。フィッシャー氏だった。 失礼を詫びると、幸運にも彼が自邸を案内して下さるという。
-order and the other existence
建物は赤茶けた板張りの2つのほぼ立方体のボリュームが、斜めに角度を振って結合している。その結果、エントランス側からは求心的に訪問者を囲み、反対側ではプライベートガーデンに向かって放射状に遠心していくことになる。庇がいっさいなく起立する壁面に、深く切り込まれたスリットや開口が深い影を、パラペットや蛇腹が浅い影を落としている。
この立方体の一つはリビング、ダイニングといったパブリックなゾーンに当てられ、キューブ全体のボリュームを大きなワンルーム空間にしている。もう一つはプライベートなゾーンに当てられ、寝室などが寄せ集まってキューブを形成している。その間を結ぶようにエントランスホールが介在している。

fireplace in the living room

ステップを3段ほど上がって、この天井高さと照度を抑えたエントランスから左にターンしてリビングスペースに踏み入れると、身体が伸びやかに縦横に浸透していくような感覚を覚える。
カーンの作品には厳格なプロポーションでつくられた空間の中に「異物」が介入している。ブリティッシュ・アート・センターの円筒形階段室や、エクセター・ライブラリーの吹抜を見下ろすX形の大梁のように。それが空間の焦点となって、空間全体の重心をぎりぎりのところでずらしている。ここでも石積みの円筒形の暖炉が部屋の中心からすこしずれた位置に立ち、唯一、床と天井を結んでこの大きな空間を律している。
その暖炉を囲むように諸処の窓から光が漏れる。そしてそれぞれの窓から視線は庭、そして隣地の森へ抜けていく。なかでも、身体よりひとまわりだけ大きなコーナーウィンドウはこの部屋と庭への広がりを決定的なものにしている。
-life of the house

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このコーナーウィンドウの足元にジョージ中島のダイニングテーブルが置かれている。夫妻と話を交わしたのもこのテーブルだった。話はカーンの設計のいきさつから、夫人がカーンに代わって「デザインしたのよ」というキッチンの話などで、この小さなスケールの住宅に行く通りも検討を重ねて、隅々まで配慮を凝らしたカーンの意気込みを伺った。
たとえば、かつて二人の娘さん、そして夫妻のために用意された寝室の小窓は、外からは控えめな小窓にしか見えないが、内部からは壁にリバウンドする光が柔らかく室内を包むようにしつらえてあり、また他室の様子をさり気なくその小窓をとおして伺えるようになっている。いったん個が外部化されて再び関係を結ばれるような空間のしつらえ。

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日本では子供部屋を可動間仕切りやふすまのような建具を半透明にして互いの生活を「つなぐ」ことが流行った。けれども、それは日本独自の社会的な文脈があって初めて実効性をもつものだろう。
しかしそれは、一種のアメリカの理想的な家族像の具現化ともいえるのかもしれない。僕の下宿したケンブリッジの家族もまた、家族の自律と結束に揺れながら、週末には庭先で一家で食事をする素敵な家族だった。カーンはどこか醒めた側面をもちつつその理想について語り、その理想の場を見事に実現したといえる。そして今、娘たちが家を出たこの家は、その役目を果たして確実に死に向かいつつある。

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地下室には意外にも興味を引いた。カーンは自然の光の入る空間でないとして、ここを部屋にする気はなかったらしい。が、主人の強い希望で夫妻の趣味の工房になっている。上階の秩序からは、かけ離れてさまざまなホビーの品々で溢れていて、上階の凛とした空間とは全くの好対照を描いている。もしここの写真だけを見ても、カーンの建築の一部と判別できる人はいないだろう。もちろん、どちらも夫妻の生活の反映には間違いない・・・。
ここには色んな日本人も訪ねて来たという。この住宅を特集した本を出版した建築家の斉藤裕さん、SANAAの二人組をはじめ、聞き覚えのある方々が記帳に名を連ねている。「日本ではこの家は流行ってるのかな?ときには君のようにどうやってこの家を見つけたのか分からないけど、ひょっこり客が現れることもあるしね。」と微笑むフィッシャー氏。「私たちが死んだら、ここは市に寄贈するつもりだ。そのときはきっと公開されることになるね。」二人が元気なうちにもう一度、ここを訪ねてみたい。
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「フィッシャー邸」への11件のフィードバック

  1. おぉー、ついに更新!
    NY滞在時は、こちらこそ楽しい時間をありがとうございます。
    また来るときはゼヒご一報を。
    あと、せっかくだし相互リンクはりませんか??
    それではまたー。
    これからもちょくちょく見に来ますね。

  2. Hey Kiuchi-shi,
    Thanks SO much for your reply. Yes, why don’t we make a link?
    I frequently visit your site, too.
    Anyway, I’ll try to upload the pictures of the house and the other experience of my recent life.
    PS. I am still in an difficult situation to post comment in JPN.

  3. 了解であります。
    今週中にでもリンクはっときますね。
    にしても、フィッシャー地下室えらい気になるなぁ。
    注目度高し。

  4. テルさん、大変遅ればせながらご卒業おめでとうございます。
    その後どーしてるんですか?自分はまだこちらにいるので、
    近くまで来たら必ず連絡してくださいよ。

  5. Hi Kiuchi-shi!
    I will surely do it, too.
    The horizontal plan of the basement is apploximately the perimeter line of the house. I would say both lives are dispansable for them and they reflect each other.
    Hi Keigo!
    Good to hear from you.
    Do you enjoy working in Rotterdam ?
    Yes let’s keep in touch and see you soon.

  6. Hi Keigo,
    Souieba…
    We know the many members of OMA in NYC have left it, and opened their new firm. They have designed most of OMA’s projects in the US. Is there any reaction from original OMA? Then how’s going in terms of OMA in NYC? If you know this, let me know. Thanx.

  7. Teru-san,
    yes, very good point.
    but I’ll send you an e-mail about that.

  8. 更新してるー。この前は遠くまでお好み焼ききてもらってありがとうございます。
    NYでお好み焼きってのもどうかとおもうけど。次回は広島で!
    あの後その足でフィッシャー邸に言ったとは、、、。
    またOPTとれたらNYきてください。まだ見てないもの一緒に見に行きましょう。

  9. Keigo-shi,
    Hmmm, interesting. Anyway, Let me expect the next step of OMA in NYC and new step of REX–what a funny name it is.
    So-san,
    How ‘s your new apt?
    Thank you so much for inviting me to your funky events.
    I will try to skill up my billiard until I see you guys soon. We can see again anywhere.

  10. Hi,
    Could you tell me hot to get Fisher’s house?
    I would be a great help, if you tell me about it.
    Thanks
    taka
    (I am studing architecture in NY )

  11. たかさん
    フィッシャー邸ですが、このサイトはパブリックに不特定多数の誰でも見ることができること、そしてフィッシャーさんの住宅は夫妻が実際に生活をされている、プライベートな住宅です。ですから夫妻に無断でお伝えすることは出来ません。
    ただ、夫妻によれば、TOTOから「アメリカ建築案内 2:東海岸編」の編集をされている、渕上さんが取材にみえたとおっしゃってました。僕も昨夏、偶然渕上さんにカーンのエクセター・ライブラリーでお会いしましたが、近日「part1:西海岸編」に次いで出版されるとのこと。もしかしたらそちらに住所などが公開されるのかもしれません。
    ちなみに僕の友人は、Google mapであの家のシルエットだけを頼りにしらみつぶしに探して見つけたそうです。もし時間があれば一度挑戦してみては(笑)?

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