Judd Tour: ダラス編(3) Nasher Sculpture Center/カーンの鏡像

 この美術館はピアノの前作のメニル美術館(ヒューストン)やバイヤー美術館(スイス・バーゼル)の発展型ともいえるが、実はこの建物にはデザインのベースとなった先例がある。フォートワースにあるルイス・カーン設計のキンベル美術館。ともにアーチ屋根を反復させた壁構造の空間で、トラバーチンで仕上げられた壁、屋根から浸透する自然光、低く抑えられた建物高さ、規則的に整列した植樹、隣接する庭園との連続性など、共通する項目は意外に多い。
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 ただそれが全く同様な形で表現されているわけではない。カーンは厚いマッスをナイフで切断してつくられたような中庭や部材間の空隙に光が射し込む内向的で密実な空間を求めた。一方、ダラス/フォートワースという空港を挟んで対称的な位置関係の中で、ピアノはそれをことごとく反転し、建物周囲の庭園や都市に延びる遠心的な空間、霧のように均質な光が充満した空間を実現している。カーンがキンベルを設計していた頃、ピアノはカーンの事務所に在籍していたこともある。二人がともに建物の原イメージを古代の廃墟に求めたことは、偶然ではないだろう。
 最後に、アートのための空間として本当に成り立っているのかどうかが気になる。内外の連続性の強い光の体験そのものは建築的非常に唸らせるものがあるが、一方でそこに置かれる作品を見ると、やはりジャッドのチナティのように展示される作品にオーラが現れているわけでもなく、フラットな光のものとで一様に居場所もなく彫刻が展示される様子は、美術館の従来の展示と比べてそれほど大きな変化があるわけではないのが気になる。
 チリの建築家Alejandro Aravenaは建築とそこに介在する事象との相互関係の重要さをこう指摘する。
Like a window, from one side, it should be able to be seen and judged as an architectural element, as a word of an architectural language and it should be able to resist that inquiry; but from another side, it’s final purpose should be to disappear and let the view and the air go through it, allowing us to focus on everything that is not the window itself. [gsd.harvard.edu]
 物体としての存在を消すことで強く存在が浮上する、そんな空間のあり方があるのかもしれない。