スーパー・バーガー

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miya氏はNYでにゅーいやーということでpallaが代理投稿です。(従って後に改訂する可能性大でしょう)みなんさんもっと積極的にコメント入れるべし。
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セシル・バーモンドもピーター・ライスに劣らず論説家だ。彼は自然現象の解釈にしばしばみられる複数回答性をエンジニアリングに導入し、ダイナミックな形態へのアプローチを打ち立てる。これはきわめて建築家のアプローチに近い。
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このとき問題とされるのは、もしバーモンドの議論に従うとすれば、なぜ建築家がエンジニアを必要とするか(あるいはその逆もまた)ということ、そして何を建築家とエンジニアは共有するのかということだろう。彼のプロセスには、スタンフォード・クウィンターが建築について論題とするカルテジアン幾何学からある種のカオス的幾何学への移行がある。ここでは自然を新たな科学的視点によって再定義するという目論見があり、自然はもはや因習的な法則によって成り立たず、自己組織的法則に傾倒する。建築家とエンジニアは自然法則を司る一般的な通則よりも、個々のプロジェクトにおけるダイナミズムを捕らえようとする。再びクウィンターによれば、建築はもはや技術の表象でなく自然のダイナミズムを表象する。

bycicle-dechamp
big mac

かつてエンジニアは自然と格闘し制覇する主体だったが、この10年間のテクノロジーの飛躍とともに大きく変貌を遂げた。かつてテクノロジーは魅力的な客体だった。ル・コルビュジェのように、テクノロジーは魅力的な自然から自立したオブジェクトをわれわれにもたらすことによって近代化を推進させた。しかし今日、テクノロジーのリアリティは大きく変化した。テクノロジーがオブジェクトを極限まで肥大化させ、たとえばメガストラクチャーを開発した後、テクノロジーの主題は物質性を失い、それぞれの部材相互を結ぶコネクター、あるいはネットワークに移ったように。この意味でインターネットは今日のテクノロジーの定義に欠かせない存在といえる。
我々が慣れ親しんだマテリアルもまた、テクノロジーによる異種混合によって絶えまない合成がくりかえされ、それがどんな物質なのかを我々は即座に答えることができない。さまざまな合成化合物の重合によって新しい物理的特性をもつ素材が開発される。こうして我々はつねに化合物の積層した世界の中にいる。
かくしてテクノロジーは「自転車のカテドラル」からマクドナルドのような「スーパーバーガーのカテドラル」に変容してきた。かつてテクノロジーの知とは、ばらばらの事物を組織しある特定の機能を作動させることにあった。いわゆるそれが効率というものだった。だが今日テクノロジーのリアリティとは、コンピュータがそうであるように、文化や構造などの文脈のレイヤー(層)が重なり合っているといえる。それぞれのレイヤーは相互に作用しあう。たとえばコンピュータはハードウェアとソフトウェアの任意の組み合わせによって機能し、それぞれの組み合わせに応じて固有の機能を作動する。こうした状態はいわばマクドナルドのように、肉とサラダ、パンが幾重にも重なり合った「スーパーバーガー」の状態こそ今日のコンピュータが導くテクノロジーのリアリティをいいあらわしている。
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