Fashioning Space

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Giuliana Bruno, ” Fashioning Space: Architecture, Fashion and Film “—Harvard Visual and Environment学科教授の講演。いつになく女性の聴講者が多い講演だった。キーワード、そして投影された映像はドゥルーズ=ガタリの「襞」、イッセイ・ミヤケのプリーツ、ウォン・カーウェイの「花様年華」・・・・

pli

Modernity embraces la mode. The modern self is “fashioned” – in buildings, in clothing, and in motion pictures.
Architecture, fashion, and film are the fabric of our visual landscape.
But how does a film,an object of clothing, a piece of architecture fabricate space, including imaginative space? Could they be said to “fashion” even our mental space?

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彼女にとって、建築はシネマであるあるという。幾重に折り込まれた襞(Pli) の表面が微細な陰影を帯びて深度をもつように、映像もまたさまざまな表層の陰影の移り変わりを通して空間的な深度を獲得していく。それが建築となりうる、ということだろう。ウォン・カーウェイのスクリーンのなかで、部屋の壁紙、カーテンの模様に合わせて、カメレオンのように服装を自在に変えていく官能的な主人公の女性。
彼女の映像のセンスと解釈は韻を踏んで美しい。pli-place-please-Fleece…そうした韻もまた言葉の襞に深みを与えていく。
不思議なことに、彼女は映画と建築の関係に取り組んできたチュミやレムのような作家に一切言及しなかった。コロミーナやアグレストすらない。今日の建築は映画を背景にした人たちによって強い影響を受けてきたといえる。では今後は?彼女の講演はそうしたことを飛躍してドゥルーズを必要以上に持ちだすことで、かえって内容がぼやけてしまわなかったか・・・と後で友人と話した。映像の要素に視点がとどまり、現象の背後にある構造まで話が及ばず、建築についての見解がやや表層的に映ってしまう。解釈をさらに推し進めて方法論としてどういうものになるのか、ドゥルーズの「襞」を通した解釈は建築界でも非常に流通しているけれど、既定の方法論に対してどう違ったものをもたらすのかをもう少し聞いてみたかった。
彼女にとってシネマとは空間を彷徨する旅—観客、彼女の言葉にいいかえると旅人に組み立てられたさまざまな光のモンタージュである。そしてそれは人、ファッション、建築、それぞれのレイヤーがせめぎあい、つねに中心が揺らぎ続ける多様な場として見ることができる。彼女のarchitextureという概念はこうした視覚的旅程のことを示す。 そのなかのある決定的瞬間を見極めてここに提示する彼女の感性は並ではない。無数の分岐とざわめきを聞き分け、世界中の果てしない音楽を織り込むこと。ふと脳裏に浮かんだのは弧法庵(京都大徳寺)の塩をまぶした木目の天井・・・。庭の白砂の反射光に浮き彫りにされる銀の木目模様はどんなものだったか。
call

14年前
  1. この映画、ごく最近見ました。WOWOWで。
    スローモーションのシーンが美しい。
    ストーリーは欧米人には理解しがたい気がしたんだけれど、どうなんでしょう。

  2. うん。
    彼女は映画に関してはなるほどセンスも言語能力も卓越した人なのだろう。が、講演の内容に限って言えば、建築に何も問題提起していなかったように思える。体のいい映像をドゥルーズの「襞」の言葉に当てはめて見せても、それ以上に解釈から建築に内在する問題に踏み込んでいなかった。
    彼女は生の建築や人間の振る舞いでなくカメラを通した映像でしか話をしていないことに疑いがないようだった。もしそうであれば、これは「そう思いたい人はそう思いなさい」と言うしかない。結果としての美術作品一般の解釈にまつわるさまざまなメタファーを、そのまま字義通り作品の創作過程にあてはめるのは誤りと言うものだろう。そのように解釈されるとき、建築・美術は「擬似建築・芸術」の次元に引き下げられてしまう。
    とはいえ、自身も彼女に対する理解もまだまだ不足で、より踏み込んだ話を聞いてみたかったね。

  3. ヘルツォークの籠、系統樹のビジュアルも同じだよね。プロセスの最後に今までの自らの解釈を反転させる、直観による統合を試みる。そういう不安定さがいま、魅力に感じるのはでうしてなんだろうかと思う。

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