特異性と一般性

曇り空の休日の朝10時きっかりに、彼は現れた。どういうわけか、建築家の授業というのは時間きっかりに始まらないのが常なのだが。
ところがその人ピエール・ド・ムロンは晴れやかな笑顔で打ち合わせ室に10時ちょうどに登場。これもドイツ語圏スイス人の精神性なのだろうか。チェックのシャツに襟付きの薄地セーター、その上に黒いジャケットを羽織ってお洒落だなあと感心する。翌日は新作のデ・ヤング美術館(サンフランシスコ)が開館するのでその行事に行くという。一人ひとりと簡単な挨拶と握手をした後、早速本題に移った。
はじめに、我々が昨晩まで取り組んできたカナリア諸島のリサーチした内容をパワーポイントで紹介した。10日間で130ページほどにわたるかなりのデータの蓄積量 (合計で10GB弱) なのだが、それをそれぞれの担当ごとに分かれて彼にレポートをした。
winds and sands africa to canary islands


余談だがアメリカの図書館のネットワークは驚くほどよく出来ていて、オンラインで全米の大学のどこに必要な情報があるのかを検索し、大学間で書籍を移送することができる。文献は本のタイトルや著者といった基本的な情報から、ジャーナルのような文献でどのページにどのような特集が組まれているのかまで知ることができる。情報を効率よく集めるのにそれが大きく貢献してくれた。

1970 virgin land

いろいろ文献を漁ってわかってきたことだが、カナリア諸島は今日世界のどこかで見られるグローバルな社会的現象が縮図となって現れている場所である。
たとえば、この諸島は1960年代の大衆観光産業の到来とともに急激な経済発展を遂げた。特に90年代以降の観光産業の発展は目覚しく、それに伴って雇用拡大や都市環境の衛生、近代化を遂げてきた。それによって人口も急増し、都市相互のネットワークを拡張し、外国人の人口増加、農業産業からサービス産業への経済変動、リゾートタウンの台頭など、さまざまな現象が島全体の姿を変えてきた。

2003 risort cities

リゾート化によって開発された高密度都市の多くはビーチに面しており、1970年代には無垢の自然が生い茂る場所だったが、90年代以降急激に開発され、土着的なものを一切欠いた人工的な「都市」である。しかしその副作用として多くの問題を抱えてきている。環境の著しい破壊や“concrete tourism”といわれるマスタープランなきスプロール化したリゾート乱開発を引き起こしている。さらにはEU諸国への身近な侵入口としてアフリカ大陸から毎年多くの違法移民が殺到している。同時に大西洋の貿易風に乗って南米やカリブ海諸国に移民した元島民の多くが帰国を求めたりするなど、カナリア諸島の島民のアイデンティティとは何かという問題も生まれている。
こうしたことから、観光者数も昨年はついに激減している。カナリア諸島の環境の悪化や大衆観光の衰退といった内面的な要因もあるが、さらにEU統合によってEU内地や地中海諸国の観光の発展によって、競争力が相対的に弱まったことも無視できない。つまりこの島の観光産業の見通しは決して明るくない。

wineyard

だがその反面、大西洋上の貿易風や地殻は独自で多様なランドスケープ、観光や都市、建築の成り立ちに深く関係していることも無視できない。それは経済的活動や人口動態に関してもそういった一面が伺える。一見ネガティブに見えるそうした事柄も、裏を返せばポジティブな現象を生み出す要因につながっている。ネガティブな現象にある要因を読み取って、それをどのようにポジティブな現象につなげていくか。
そのためには、いきなりバイアスをかけたまま規定のいろいろな問題に直接対面して好悪の判断をする前に、最初のステップとして島の状況に距離を置いて、島の姿を読み直す必要がある。そこでまず島の様相をいったんデータ化することや、都市の変貌を歴史をたどりながらそれぞれの時代の地図や計画図を引っ張り出して読み取って、それぞれにこめられた可能性の痕跡を考古学的になぞっていった。
データの集め方にしても、何を焦点としているのか、それともたとえば何を探ろうとしているのかによって、その内容も違ったものになる。状況から何を見るのかというところから意識的に取り組まなければいけないとピエールは言う。
僕が主として取り組んだのはそうした都市の歴史的展開を探り、都市の動態をみるというものだった。ピエールからはスライドのコマごとにコメントを受けたが、彼がどういうものに興味を示し、それをどう捕らえるのかということを知る上でも面白い。

hill-top villages

たとえば彼はたびたびspecificityつまり「特異性」という言葉を口にしていたが、それは場所の特異性をどう読み取るかということ、そしてそれが建築のデザインと深く関わっているらしい。たとえば彼のやり取りの中では、この島に起きているさまざまな事柄に対して、何がそうさせるのかといった要因を探り、そこからその特異な事態を読み解くように思われる。たとえば急峻な丘の上に立つ集落の写真がある。一見するとただ事でない風景がどのようにしてつくられ、それがどのように機能しているのかを探ることでもある。
デザインという言葉の語源をたどれば、接頭de-にラテン語のsignareを接合させたもので、何を記す行為であり、さらにはsignareを再定義すること、つまり、何か今存在するものを別の角度から読み取り、そこから新しい意味を生みだす行為とも言える。ギリシア語ではデザインとは不完全、不定義、不可思議なものを示し、それは可能性や期待、予測のようなものを指し示すものでもある。この場合デザインとは何かまったく未知の何かをつくることというよりも、そこに存在するものをいったん規定の意味からリセットする行為だといえる・・・。

playa del ingles

とはいえ、特異性とはしばしば特異でなくなることもある。遅れてやってきたフランス人のピコンが指摘したことだが、generalつまり一般的な事柄と特異なものは、直接的にも間接的にもお互いに補完的な関係にある。そして時には特異なものが一般的なものになり、一般的なものが特異なものに入れ替わることもしばしばある。特異性を読みとくとき、互いの関係を良く見ておくことは無視できない。
たとえばグラン・カナリア島南部のリゾート開発地は世界のどこにでもある典型的な観光地という意味では一般的な風景といえるかもしれない。しかしまた一方でそれがカナリア諸島のなかで独自の光景を生み出している。そうした観光化が先にふれたような、急峻な丘の上に立つ住宅という特異な光景と無関係ではない。その意味ではこれは特異なものだともいえる。
一般的な事柄が特異なものを生み出す例は他にもいくつかあるという。たとえばコルシカ島はマフィアの発祥地として有名だが、それは住民の団結が強く互いを非常によく知っており、そうした地縁社会 (in-build society) を利用した形でマフィアも存在するという。逆に言えば、島社会の束縛が強く、他の地域への移動が著しく限られ、島の経済状況が決して良くなくても島を離れる人は少ない。
canary
90年代、かつて大島哲蔵さんが口にしていたことだが、建築やアートをリードした概念は、フェミニズムやポストコロニアルつまりマイノリティの問題だった。80年代にアートが体制やマーケットと結果的に結びついたことを批判的に総括するなら、そうした軌道修正は妥当だった。しかしそれらが新しい資本投資の口実に利用されたきらいが無いわけではない。一般的な事態と特異な事態はこのとき、コインの表と裏の関係にある。
欧米で欧米以外の(周縁的な)文化的背景をもつ作家や作品が登場しているのは歓迎すべきだが、その社会的モティベーションは年々変化している。ふたたび大島さんの言葉を借りれば、建築がマイノリティと政治的に手を結んだことはあっても、仲がこじれた縁者のように、対外的には取り繕っていても、嫉妬と疑惑の念がわだかまっている。
来週に彼らの事務所がある、スイスのバーゼルでもう一度進展状況を発表するにあたって、ピコンから提案があった。つまりそれぞれのメンバーがそれぞれ一つ一つの島や都市をたんとうするのでなく、やはり調査の焦点となるテーマを絞り、調査が空中分解しないようにすべきだというもの。ピエールも最終的にはこれに同調し、調査の内容を深めていくことになった。
re-think

13年前