BASEL Oct 22 05 (Sat)

signal box, basel

徹夜で出来るだけの準備を仕込んだ後、早朝ボストンを発ってチューリヒに飛び、汽車でバーゼルへ。バーゼルにまもなく到着のアナウンスと同時に彼らの作品が現れ、列車がその脇を抜ける。
ヘルツォーグ&ド・ムロンに招かれて、これから1週間ほど滞在して、バーゼルでカナリア諸島のレポートとETHと打ち合わせをすることになっている。


出発直前までスケジュールが流動的だったが、24日から約4日間にかけていろいろな予定が組まれている。24日はETHバーゼルオフィスとの打ち合わせ、25日から26日にかけてETHやカナリア諸島からゲストも招いてレクチャーを行うという。H & de M のスピーチ、HarvardからはPiconもそれに加わる。我々のカナリア諸島の発表もそこに含まれていて、最後にはパネルディスカションをするという、えらくアグレッシブな詰め合わせだ。そして最終の26日はジャックからのオファーで我々5人はH& de Mの事務所に招待され、最近作も案内してくれるという。
バーゼルを訪ねるのはこれで3回目か4回目になる。1回目はよくある建築旅行。3回目は訳本の取材でチューリヒやバーゼル地域を時間をかけて彼らの作品を訪ねて回った。このとき偶然ピエール・ド・ムロンのネームプレートをABC構成主義者の住宅作品の門扉に見つけたので驚いた。たしかに彼の住宅はアポをとっていなかったのは残念だったが、オリジナルの状態をうまく守りながらピロティ部分を大型の溶融亜鉛めっきのスチールサッシでサンルーム風にしている手際の鮮やかさを見てやはりその人の家だと感心した記憶がある。しかしまさかその人に呼ばれてまた再びバーゼルに来るというのも何かの因果かもしれないな。
後でそのことをピエールに打ち明けてみると、「なぜうちに来なかったんだ」ともったいない言葉をいただく。今の家はABCのかの建築家の中でも、もっともラディカルな空間構成で、ほとんどワンルームの空間構成が気に入っているのだが、子供の成長にともない、現在は新しい家をつくっているという。現在の家を増築することも検討したが、歴史的建築物なので規制が強く思うように許可が下りず、手放すことにしたという。その新しい家の計画図も後に拝見し、うーんとうなる。
彼らがどの程度ABC構成主義に影響を受けているのかはわからない。しかし、ABC構成主義の論客メンバーとして活躍したハンス・シュミットにアルド・ロッシが少なからずシンパシーをもっていたこと、またロッシから彼ら二人がthesisを学んだことを振り返ると、興味のもてる関係図が浮かび上がる。以前大島さんがH&deMとABCの関係を推論として建築文化に書いたら、著名な若手オランダ近代建築史家の方から全く関係ない、とお叱りの反論をいただいたこともある。歴史的作家ならともかく、事実を知るには作家本人に聞くのが一番で、本人を差し置いて議論しても深層心理判断はできても、あまり生産的でないと思う。作家も時代背景が変われば作るものも変わってくるのはあたりまえで、作品の見えがかり上の様式的な類似的関係よりも、どんなところ彼らがが関心をもっているのかを思想的なところも含めて議論したほうが興味が持てる。

JH in Basel

ところで今まではユーラシア大陸を渡って来たが今回は初めて大西洋を越えるから、バーゼルで初めて「世界一周」したことになる。正確にはトランジットしたアムステルダム空港で世界一周、ということになるのだけど。
チューリヒからバーゼルまでの汽車の風景が普段見慣れたアメリカの風景とまったく違っていて、車窓からしばらく見入ってしまった。繊細なスケールで人為と自然が織り込まれた風景は、自然と人為のコントラストがどちらかというと強いボストンやニューヨークにはそうそう見られない。
24日 (月曜) の会合まではまだ時間がある。ひとまずホテルにこもって準備を続けることにする。

13年前