BASEL Oct 24 05 (Mon)

swiss diagram

ETHのBasel Officeに向かい、そこでGSDの仲間と落ち合う。
ETHの本校はバーゼルから汽車で1時間ほど離れたZurichにある。この分校はH & de MとMercel Meili、そしてRoger Dienerの起草によって、都市研究をすべく99年に創立されたという。
ジャックも言っていたことだが、EU統合が進むヨーロッパの中でスイスがそれに帰属せず独立した形で密接な国内ネットワークを形成する一方で、ドイツ、フランス国境に接するバーゼルのように、国境を越えて大規模なメトロポリス圏を生み出しつつある。今、何が都市なのか。何が都市の質を決定し、それはどのように展開するのか。そのなかで建築家のスタンスも大きく変わりつつある。こうした近年の急激な環境の変化の可能性を探るための都市研究を無視できなくなってきたという。

Basel and Rhine

99年当時こうした都市研究はまだ例がないものだった。しかしうまくETHから創立資金を得ており、また今年から本格的にHravard_GSDと連携をとることで活動の展開をもくろんでいる。年末にはその成果となるもまもなく出版される。
そしてこれはETHのこれまでの実務的な教育カリキュラムから脱却し、他の建築スクールとは独立してBaselに新しい建築スクールを打ち立てるという彼らの野心でもあるということだろう。
オフィスは黒いスチームフレームが対面道路の湾曲線に従いながら、それをすこしずつずらした3次元曲面のガラスファサードになっている。発表はされていないが、彼らのデザインによるものではないか。
エレベータを上り、真っ白なオフィスのドアを開けると見慣れた顔のETH助手JohnPalentimoが迎えてくれた。イタリア人のJohnはステファーノ・ボエリに師事した後、このオフィスに移り、ここでリーダー格としてGSDにもコンタクトを取ってくれている。

basel area

彼からフィンランド出身のAnnや他のETH_Baselの助手メンバーを紹介してもらう。オフィスは広々としたワンルームで、学生の作業スペースと助手のスペースとの間も何ら視線をさえぎるものはなく、ただ天井から床まで一枚の透明ガラスが仕切るのみである。ガラス枠も巾木もなくガラスはそのままフローリングの床に飲み込まれているから、ガラスの透明感が強くとてもシンプルな空間である。この付近は若手アーティストや建築家のアトリエもあり、窓からはそれを前景に紅葉のドイツ側の山々が見える。驚いたことに、すべてのコンピュータはAppleで、PCはまったくない。
ETHの建築学生全体がどうやらAppleが主流らしい。これはGSDとは全く逆の状況だ。H & de M事務所は混合していて、そうでもないらしいが・・・
ここでETHサイドが集めたデータを拝見する。すでに現地視察をしてきた彼らのデータは想像以上に膨大なものだ。入手の難しい現地役所の計画図など、これくらいのデータがあれば、かなりのプレゼンテーションが可能だろう。なかでも島全体の3次元の立体データは驚いた。GSDでも彼らのデータは共有しているが、データの量が莫大なだけに彼らに直接話を聞くまでどこにどんな重要なデータがあるのかを知るのは難しい。
ここで明日以降のことについて打ち合わせをした後、オフィスを間借りして作業にとりかかる。絶景の窓の横で作業をするのはとても気分が良く、ボストンには帰りたくないと思ってしまう・・・と、思うのもつかの間、またも翌朝7時までETHの助手の2人と3人で事務所に残ることに・・・朝まだ薄暗い石畳のざわめきを通り抜けて、ホテルに着替えを取りに戻る。

13年前