BASEL Oct 26 05 (Wed)

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静まり返った深夜ホテルのロビーも、朝の支度を始める掃除人たちでにぎやかになる。また朝が来た。広場の朝市でコーヒーを買ってETH_Baselスタジオに向かうと昨日とほぼ同じメンバーが定刻にそろう。
今日は自分たちGSDがプレゼンテーションをする。その後もディスカションやレクチャーが組み込まれる。まずETH助手のジョン・パレンティーモがナポリの都市リサーチを紹介。都市が抱える矛盾とその相補的関係について。次にMarcel Meiliが12月に出版される本 ‘Switzerland – an Urban Portrait’ のリサーチとスイスの都市ネットワークについて講演。スイスのさまざまな相貌を美しいマッピングで幾重にも浮き彫りにして見せた。いわゆるダイヤグラムとはまったく違った新しい抽象性と美しさがある。たぶんGISを使っているのではないか。ダイヤグラムがとても手作り的に見えてくる。もっとも大きな画面で見るのと、本の紙面上とはインパクトも違って見えるかもしれないが・・・。
それを受ける形でGSDからPiconが都市の特異性がいかに変化してきたのかを紹介。特にテクノロジーがいかに環境に作用してきたかを語る。最後にH & de Mがホストを務めゲストらとディスカション。主に都市の特異性について議論を交わした。

Switzerland - an Urban Portrait

今回我々5人はカナリア諸島の分析を5つのパートに分けて発表した。港湾や空港、通信を通した国際・国内ネットワーク、移民などの社会的情勢を背景にゆらぐアイデンティティの考察、主要産業の観光がもたらすインパクト、多様な気候をふまえた水・エネルギー資源、そして僕が担当する都市開発の展開・・・。はじめから意図したわけでもないが機軸は共通してグローバルとローカルな状況が入り組んだ事態について…。
同じ都市の地図もどのような調査のレイヤーと透かし合わせてみるかで見え方も変わってくる。何を選び捨てるかはデータから読み取った他の情報との関係やそこから組み立てる仮説にもよるが、自身の勘-six senseもまたある。
そう感じさせるのは発表の際にたびたび差し挟まれたジャックのコメント。彼とピエールはカナリア諸島にいくつかプロジェクトを抱えているため、現地のディテールをよく知っている。言い換えるとデータを通した俯瞰的な視線でなく、現地で生の体験をもつ歩行者的な視線をもっているといえる。地理データは無限のリソースと解釈を誘発するが、そこからどんな可能性を建築なり都市なりの側面からを最終的につかむにはそうした勘が必要になる。つまり現地の体験から俯瞰的なものを理解し、一方で地図に自分の身体を埋め込んでその環境を読み込むような勘。

OFFICE IN BASEL

プロジェクターの航空機のネットワークと地図を重ね合わせた図面を見て「美しいね」と一言さしはさんだ後、「空港は島それぞれの主な都市と結ばれていることを考えると、島内の航空ネットワークが人とモノを結ぶもうひとつの都市圏として成立する可能性があるかもしれない。もしカナリア諸島がハブ空港として機能するようになればそのインパクトはさらに大きなものになる。」
何をどう美しいというのか…。彼らがこう言っていたことを思い出す。彼らは何か新しいフォームやパターンを作ろうとしているのでない。つまりそれはすでにそこにあると。彼らはただそれを発見しているのだ・・・。
ともあれ、カナリア諸島は観光が主要産業ゆえにヨーロッパ各都市からの「最終駅」として空港が機能するのみで各島をお互いに結ぶ近距離の飛行便があるのみである。そのネットワークは住民にとって重要なのはもちろんだが、一方都市に定住しない人々、つまり観光者などはこの地域では居住者人口をしのぐ。中にはつかのまの観光者の人口が定住者を超える場所もある。つかのまに人が現れては消える蜃気楼のような場所。それを都市というかどうかは別としても、ここでは絶えず移動し続ける人々がもたらすインパクトは無視できない。

valley and village

自分自身のパートにも都市の独立性とそれにまつわる多様性のネットワークなどやや強引で手段と目的が逆転しがちなところを指摘されたのはごもっともとして、示唆のあるコメントもいただいた。いわゆるひとつの都市が他を飲み込んでしまうような支配的な形とは違って、既存の事態は見方を変えれば多角的な都市的な組織を形成するのかもしれない。そのネットワークを3週間後の現地フィールドワークに備えてもう少し調べようということになった。ジャックによると、特にSanta CruzとLas Palmasの二大都市は周辺の小規模都市や集落と連携してより広範囲なメトロポリスをつくるだろうという。この二つの都市は互いに覇権を競ってさまざまな都市的ネットワークと都市内部の変革を検討しており、彼らもその一翼を担うことになる。以前コンペで勝ち現在進行中のウォーターフロント再開発プロジェクトもそうだが、もし二つの都市をまたいで同時に仕事をすると双方の首長からクビにされのるではないかというほど、その競争意識も苛烈である。詳細な調査も必要な一方で、何がこの地域特有のメトロポリスを形成するのか、おそらくよりグローバルなコンテクストと比較検討しながら取り組む必要がある。

dune

午後の日差しが入る机を囲んで、プレゼン後にコーヒーを手にH & de Mとピコン、そして我々5人での打ち合わせの時のことだが、面白かった逸話がひとつあった。画家を志すGSDの仲間が今後は絵画と建築の関係を調べたいという、突飛な申し出に対するジャックのコメントだった。ひとつは“カナリアン・スタイル”ともいうべき独自のアートスタイルが近代アートの一端を形成したことについて。ここでもマッタ・クラークのような著名なアーティストたちが20世紀にカナリア諸島から生まれたが、問題はこの特異なランドスケープや体験をどんな形でモダンなコンテクストと接続していったのかという、アーティストのとらえる視線である。エキゾチックなローカリズムがモダンなスタイルを援用しながら展開していった例はバリ島のフォークアートなど似た事例はいくつもある。

dense city in Tenerife

それはどう目前の環境を捉え表現するのかという問題でもある。彼にとって牧歌的な作家個人の内的な欲求の外在化にはまったく関心がなく、ありのままの事態と事態をとらえる思考の構造を明確に提示するドキュメントにあるという。横から意見を差し入れたPiconはMori Marikoが秋葉原のオタク系のソフトウェアショップで森本人がコスプレのコスチュームを着てポーズをとる写真など、ある特異な状況と表現に言及した例をいくつか挙げたが、特異な事態を感じ取る複眼的なまなざしは、そんなドキュメントがどう表現に受肉されるかをほのめかしてしている。そこでジャックは言う、かつて彼の師ヨーゼフ・ボイスはかつて、同じ景色でも、毎日まったく違ったものに見えてくると語ったと。目の前の景色をさまざまな角度から見ることができたたからこそ、それが可能だった。つまり、その感覚があるから、日常生活を芸術に変える彼の作品がいまここに存在するのだといえるだろう。
明日は事務所に招待するとジャックとピエールが言う。最近作も見せてくれるという。
criff and villages

13年前