BASEL Oct 27 05 (Thu)

Original Office1978
「ここが、彼ら二人が事務所を始めた頃の建物。ここから始まり、そしてやがてスペースが足りなくなって周りの建物も事務所になっていった。」
H& de Mの事務所。バーゼル市街の中にある彼ら二人の事務所は、事務所というよりも3,4階建ての住宅のようなスケールの既存の建物が集まった村のようだ。この事務所に来て結構の年月が経ったというフランス人の所員さんに案内をしていただいた。
一軒家のような78年当初の事務所は、群れからすこし隔てられた一角にぽつりと建っている。街路からは全く存在をかき消し、静かな中庭に面してテラスがある。どことなく二人の初期の作品に通じるものがあるかな、と感じてしまう。その庭先には彼らの主要作のひとつ、カルフォルニア・ナパバレーのドミナス・ワイナリー醸造所で使われた石積みの外壁のモックアップが残っている。

workspace

しかし今や所員の数も200人を超えるという。周りの建物も事務所に替わり、広大なライン川や紅葉の始まった街路を望むことができる。2人のみでなくチーフ格の所員も増え、プロジェクトごとにセクターを分け、それぞれスペースがあてがわれている。そのインタナショナルさは「建築オリンピック」といったらいいだろうか。そこにぎっしりと模型と図面がひしめいている。小さな住宅から大規模な都市計画まで、プロジェクトの場所、数、規模、種類も多様だ。彼らのプロジェクトだけでひとつの街ができてしまうねと冗談を交わす。
不思議なのはこれだけの所員を抱えながら今もプロジェクトの質が高くキープされているということ。実作をすべて見ているわけではないが少なくとも事務所を見る限りそう見える。普通これだけの数を抱える建築家は所員の仕事の細かい点でも重要なポイントまでコントロールが届かず、その結果作品の質ももともとの建築家の作品の質とは違ったものになってしまうものである。所員の数も増えれば事務所経営を維持するために仕事の数も効率も高める必要が出てくるのが通例で、ある大作家のようにその中から年に数軒だけ名作を作ることに専心するか、事務所の体質を個人作家から会社的なものに変えるのがまっとうな道といわれる。
もちろんフォスターのように大所帯でも比較的ニュートラルなデザインと高度なエンジニアリングで質の高い仕事をこなす建築家もいるが、彼らのようなアーティスト的なスタイルで維持する事例はあるだろうか。

mock up of wall

所員さんをさしおいてしまうのもはばかるが、あえて言えば、もちろん彼ら二人の強烈なパーソナリティが非常に大きな要因なのは言うまでもないだろうが、デザインを実現するための方法論が確立されていることはその要因のひとつかもしれない。壁に貼られたプレゼンテーションの明快さがある。大胆なかたちを生み出すための分析検討は、なぜ彼らがGSDでも設計演習のスタジオでなくリサーチを選び、そこで何を求めているのかが伺える。そこに込められたコンセプトを具体化するための道具立てとして模型があり、工房にはミリング・マシーンのような3次元の立体模型を削りだす機械が何台もある。データをそこに流せばレースのような細かく織り込まれた建築外皮の模型も、波打つような立体的彫刻のような模型も正確に作ることができ、それを検討することができる。
こうして作られる人とモノの勢いを見ると、これはFactoryだと思った。アンディ・ウォーホールが自身のアトリエ/工房をFactoryと言ったのは、社会にもっとも先に消費されやすい作家性を排除、プロダクツのように作品をつくることによるものだが、それによって逆説的に彼の作家性はどの作家からも突出して強靭なものになった。H &de Mがもし勢いを伸ばし続けるとしたら、そういうものにいっそう近づいていくのかもしれない。
もちろんスタッフが優秀だということも重要だろう。それはともかく、昨年GSDを卒業した人が4人もいるではないか。新建築の住宅コンペで入賞した彼はNYのスティーヴン・ホール事務所に行くと聞いていたのに、どういうわけかここにいて、また黙々と模型をつくっている。コーヒーブレイクの時間に声をかけてくれたスペイン人の所員さんからいろいろも伺った。偶然にも彼はカナリア諸島のプロジェクトや北京のオリンピックスタジアムを担当していて、カナリア諸島の状況、そして実現の難しい構造デザインのスタジアムの熱のこもった話は非常に面白かった。

Schalager

その後、彼らの最近作を車で案内していただく。アートギャラリーSchaulager (2003), 障害者施設Center for handicaped people (2001), とその途中にある作品をちらりと見る。先日うちに旅行に来てくれたWiel Arets事務所にいるUme氏からも後者は見るべきと勧めれていたのでけっこう感激である。
前者も普段は公開されていないスペース(撮影不可)もくまなくスタッフの方に案内していただき、どのようにデザインが検討され実現されていったのかを伺うことができた。写真家アンドレアス・グルスキーのようなSchaulagerのインテリアには大きな吹き抜けのスペースに蛍光灯が無限に反復されて空間を充満させる。非常に人工的な環境。その後訪ねたレンゾ・ピアノバイエラー財団美術館のように精巧なメカニズムによって自然光がいつも最高の状態にろ過される空間とまったく対極的な空間の質。
そうかと思えば障害者施設Center for handicaped peopleでは日本の住宅のように2階建ての木造建物のなかにゆったりと中庭が挿入されて、周辺に開発のあおりで残り少なくなってきた菜園がそこに保存される。
たしかに中にはあまり興味の持てないほかの建物もある。しかしさまざまなデザインが実行され、そしてどれも彼らの作品だと感じることが出来る。最悪なのは建築家が同じスタイルにはまり込んでしまうことだ、ジャックがそう言っていたのを思いだした。
center for handicaoed people

13年前