In Las Palmas

話は4週間ほど前にさかのぼる。スイスから帰国して2週間ほど後の夕方、JacquesがGSDに一人やってきた。ここで我々GSDのリサーチチームの進捗状況を確認し、カナリア諸島の現地調査の方向性を話し合った。
Las Palmas areal view


このとき自分は2つの主要な中心的都市、Las PalmasSanta Cruz de Tenerifeそれぞれの都市拡張に関するデータ資料をかき集め、地図に落とし込む作業を行っていたが、地図データが非常に重く、GSDのどのパソコンを使ってもフリーズしてしまう状況に落ち込んでしまった。結局時間切れの状態でプレゼンをせざるを得なかった。
その経過の地図を見た森さんからは「特異性を見つけるはずのリサーチに関わらず、一般的なものにみえる」というとても有難いコメントまで頂戴したが、観光情報のように一見すると特異なものに見えるものは実はよそにでも存在する一般的なものでしかない。途中経過といっても、地図のレイヤー相互から浮き彫りにされる興味深い動向を読み取ってもらえないとは全然刺激がなく退屈だ。
その一般的、という話の流れで、ル・コルビュジェの話題が挙がったが、ジャックがコルビュジェほど今世紀失敗をした建築家はいないと言う。豊富な発明をしながらこれほど人々から無視された建築家はいない。なるほど20世紀の資本は彼の発明を効率よく生産と消費を促進する道具としては利用したが、それは同舟異夢だった。そしてその結果が眼の前の都市にある。コルビュジェもまた確信犯だったことはあるにせよ。
翌朝再びジャックと打ち合わせし、方向性を確認。二つの都市の位相をどう見るかを話し合う。ともかくまだ時間はあるからよろしく頼んだぞ、とジャックに肩をぽんと叩かれ、カナリア諸島に出発までの残り10日ほど調整することにした。
Las Palmas - Beach and Dock yard
その10日後、強風のNYCのケネディ空港からマドリッドを経由して一人、青空のLas Palmasに着いたのは約21時間後の昼下がり。これから2週間のうち前半をGran Canaria島の Las Palmasを中心に見て回り、後半をTenerife島のSanta Cruzを中心に見てまわることにする。TenerifeではETHそしてH & de Mと合流してプレゼンをすることになっている。
Las Palmasは海岸線に沿って細長く伸びた街には二つの中心街がある。ひとつは古くからの街の発祥地。もうひとつは19世紀後半以後、港湾輸送とリゾートビーチで発展した地区。その中心にある、1963年からあるこの街髄一の円筒形のタワーのホテルに連泊することにした。ここからなら街をパノラマに展望することができる。ホテルの15階の部屋からはビーチとドッグヤードの両方を見下ろすことができる。車を借りて島を回り、夕方から資料をまとめる生活を送る。

urban visions by star architects

枕元に置いてあった市観光局発行のパンフレットにも大きく紹介されていたことだが、この地区の開発イメージを妹島事務所、Ben van Berkel、Moneoといった6つの有名事務所に依頼しているという。そのイメージパースも掲載されている。現在の都市と海岸をブロックしているモーターウェイを撤去または埋設し、さらに現在のドッグヤードを完全に撤去してビーチと超モダンな建物が都市に接続される。新しいアーバンリゾートの登場、ということだろう。
しかしどれもこの街特有のデザインというよりは、どこか擬視感がただよう。マーク・ウィグリーが言う、建築は究極には侵略的で建築家とは何時でもよそ者で旅人であると。飛行機が定宿の建築家はそれを体現している。インターナショナルな建築家に期待されるのは、大胆にそうした個別性を捨て去った場所という意味ではそれは当然の帰結ともいえる。ヴィトルヴィウスの建築論がどの場所にでも建築を適用できる性格をもつように、建築は複製可能なドローイングを通してデザインのモビリティを遂行してきた。街の感覚に通じるローカル・アーキテクトでなくインターナショナルな建築家にプロジェクトが任されるのは、彼らがインタナショナリティを体現し、そのような場所の構想力を期待されているからである。「スター」の建築もまた資本の移動とともに、世界中に移植しつづける。
この近隣のホテルも90年代初めまで観光客を島南部に奪われて衰退していた地元のホテルを、最近になってイタリア・スペイン本土資本のホテルが買い取ってスタイリッシュに模様替えしているのは、それと同調している。

Barranco-autonomous dwelling area

Santa Cruzでプロジェクトを抱えるH & de Mはそこに名もあるはずもない。Santa Cruzもまた、同様にインダストリアルな既存の港湾エリアを新たな顔に整える準備を着々と進めていて、そこに彼らのプロジェクトも一角を占めている。Las PalmasとSanta Cruzは互いにライバル関係にありながら、共通した政策も似たところがある。
都市が勝手に生み出した産物を多様性として計画になぞるには建築家はそこから疎外されている。また自身もべったりした現象から孤立せざるをえない。建築家のもち球だったクリティシズムがまったく生彩を欠いてしまった今、都市の現実を冷徹に見すえたとき、背後から何が浮かび上がるのか。そしてそこに何が潜在しているのか。さもなければ建築家は多様な都市空間をハッピーに唱導するだけに終わってしまう。
Las Palmasのホテルの早朝、電話が鳴る。もしやと思って受話器を取ると、ETH助手のJohnとAnnの声。 同じホテルに泊まっているという。今から一緒にドライブに行こうと意気投合する。

13年前