Holidays in the sun

Maspalomas

車はLas Palmasの市街地を抜けたかと思うと、高速道路にのって一気にひからびた荒地に出る。その向こうには緑に包まれた高地がこちらを見おろしている。半径20キロ程度のコンパクトな島は、起伏が激しく高低差によって気候もさまざまだ。
高速道路に乗れば北端のLas Palmasから車で1時間足らずで島の反対側の南部のビーチエリア(地図)に着く。


Maspalomasと呼ばれる島最南端のリゾート都市に到着する。街の海岸線はプライベートビーチを併設する高級ホテルや、カジノなどが立ち並ぶ。この街は、カナリア諸島屈指のリゾート地で、ヨーロッパから多くの観光客がやってきて余暇を楽しむそうだが、ここでは常時観光客の人口は定住者の人口を数倍上回る。上空から見たとき、砂丘に囲まれて、建物が他と分かちがたくひしめく有様は、ピラネージを思い起こさせなくもない。車窓から見たその光景は火星に強引につくったコロニーのようだ。

A 5 star hotel

無人の荒地から巨大なリゾートエリアへ。その開発はたった40年間になされたものだ。雨のほとんど降らず、そして無人の海岸地域に目をつけた行政と資本家が開発。そしてハイウェイと生命維持に必要なインフラを島北部からこの地域に引き伸ばす。そのもくろみは見事に実を結び、1970年代以降、ジャンボ機に乗ってドイツやイギリス、北欧からやってきたツアー観光客がカナリア諸島に殺到する。この流れはEU統合によって90年代前半にさらに加速化された。
5つ星のホテルにランチに向かうと、中庭はさまざまな地中海風の建物に取り囲まれ、きれいにフレーミングされた建物の合間の向こうに黄金色のビーチが見える。その水平線の向こうにはアフリカ大陸がある。興をそぐ景色は一切そこから排除され、ゲストはかりそめの時間と場所を消費する。この地域のホテルを設計した建築家によれば、現在カナリア諸島の別の島に火山の形をしたホテルを建設中だという。クレーター部分はスカイライトになっていて、その下にエントランスホールがある。美醜の主観を除けば、ここでは建築は映画の書き割り舞台セットと同じである。
こうしたデザインの傾向は80年代から90年代にかけて高級ホテルの主流を占めてきた。ローカルな文化よりも、ある祝祭的な人工的環境のなかではじめてゲストは実際にはありえないカナリア諸島の典型的イメージを体験することができる。「高貴な野生」というべき現地の人々、つまりこんがり肌の焼けた健康的な体格で英語も堪能で笑顔を絶やさないホテルマン、さんさんとした太陽の下で色鮮やかに輝く植物、貧しさも争いもなく、ゲストを祝祭する楽園のような環境、など…。そうした光景を見ると、サイードの「オリエンタリズム」を連想したくもなる。

SUN BATHING

ジャックはこの町は今decayしつつあるという。
90年代後半以後、インターネットの普及などによって、マス文化が衰退し、旅行者の個人的でランダムな行動様式が推進され、ツアー客は高齢化し、減少している。逆に個人旅行客の割合が増加している。平均滞在期間は10日。それをひとつの地域にとどまって時間を過ごすのが平均的なパターンだったが、その行動様式も今変化しつつある。また他のリゾート地域との競争も激化している。物価の変化に敏感な中流社会層のツアー客をあてがったホテルや地域は衰退している。町外れのセックスショップやバーなどの歓楽エリアはその際たるもので、ほとんど砂塵の中の蜃気楼のように衰退の一途をたどっている。
no future? だがその一方で、ハイとローは局地的に葛藤しながら至るところで混在し環境を更新しつつある。あまり観光化されていないローカルな地域に新たな開発も進むなど、この地域の性格も変わりつつある。また海外からの観光客が人口の大半を占めるこの地域はローカル化が進んでいる。衰退したホテルは地元のホテル従業員や対岸のアフリカ大陸からやってきた移民労働者のアパートとして転用され、かつては華やかだったはずのバルコニーに民族色の強い洗濯物が風になびいている。
だがわずかに足を伸ばせば、ヌーディスト・ビーチで老若男女がビーチに寝そべって裸体をさらしている。
人工的な楽園とその夢から醒めた後の光景。隣り合う互いの物理的距離感はほとんどゼロであり、また同時に心理的にはほとんど無限(無関心)でもある。無差別にデータを羅列するGoogleのように、ほとんど画像データ化されたイメージのパッチワークが切れ目無く自然を包み込んでいく一方で、そこに裂け目を見せている。

Mogan

実は同じ日に、ちょっとした事件があった。ホテル開発の最前線を行くMoganという小さな町で、地域の住民が高速道路建設反対のデモを行ったのだが、それをたまたまヴィデオに撮っていたETHの学生が警察に逮捕されてしまった。その港Puetro de Moganにはもともと小さな漁村だったが、最近その周りを囲む岸壁にリゾートホテルの建設が相次いでいる。またヨットハーバーとしても注目されるようになり、そのこじんまりした港町がMaspalomasのような大規模な観光街をさける観光客で人気を集めている。もちろん彼らがその港町の雰囲気を一変させつつあるのも明らかで、自然環境の影響や漁業と巨大資本による観光業の貧富の差の拡大など、変化を望まない住民にとっては歓迎しがたい事態が高速道路反対に結びついている。デモは地元のメディアでも大きく報道されていたが、観光産業に頼りきったこの島の今後の展望を伺うものとして注目されるが、従来の構造を見直す具体的なビジョンはいまだない。
Johnと3人でpossibilitypotentialityの違いがそこで話題になった。どちらも可能性を示す言葉だが、前者はすでに眼の前に存在している可能性を既存の手法で取り組むのに対して、後者はまだそこに存在しないが、存在しうる潜在的な可能性を引き出すことだと。前者が手法(how)を問うのに対して、後者は変化や運動から事態を再定義する(what)こと。

Mogan

Johnが携帯電話をかけて、すぐに解放されたことを確認したものの、一応の安否を確認するため、Moganに向かって車を走らせた。
風景は一変し、切り立った崖っぷちにホテルがへばりつく光景がカーブを曲がるたびに現れては消える。ほとんどのホテルは同じようなプランをしていて、アプローチを上下にはさんで客室が積層され、岸壁からの壮大な大西洋の水平線を堪能できる。最上階にはプール、そして最下階にはプライベートビーチがあり、岸壁にまわりを囲まれた入江は宿泊客だけの楽園になっている。
僕ら3人を港で迎えたのは解放された2人の笑顔。警官もフレンドリーで無事だったようだ。夕日の港で問題のヴィデオを見せてもらい、ちょっとした武勇伝を聞いて楽しんだ後、この地域の情報を交換した。この機会に乗じて、警察からもいろいろローカルな情報を得たようだ…。さすがである。
Moganを後にして、高速道路を走らせると、ホテルの夜景が灯台のかがり火のようにカーブを曲がるごとに現れる。この地域もまた、ツーリズムの狭間の微妙な立場に置かれている。島に神がいるなら、これからもここに波瀾万丈の物語を与え続けるだろう。
HOTEL between Mogan / Puerto Rico

13年前
  1. 同じ人間がやることは国は違えど似ているんですね。
    日本のリゾートもかつての活気が無く寂れていってますよね、伊豆や熱海など。
    廃れた場所を負の遺産とせずに、ちゃっかりと移民や現地の人がつかってしまうあたりたくましさが感じられます。
    しかしこの最後の写真、綺麗ですね。
    地層が綺麗ですし、建物もどこかこの眺めからですと一体化しているように見えます。
    miyaさんのやられてることに、とても興味をそそられています。
    これからもupお願いします。
    楽しみにしています。

  2. piresさん、どうもありがとうございます。
    まだ調査がまとまってないのですが、そこで起きている状況の根を調べていくと、設計の具体的な対象となる実際の場所そのものというよりも、敷地から離れて時間も距離もこえたさまざまな状況と連鎖反応しているような実感はあります。なにか一定の安定した構造があるというよりは、互いが連鎖しながら断続的に変化していくようなランダムさ。この連鎖関係が非常に強力に立地からデザインまですべてを規定しているのかもしれない。それが実際の設計に何をもたらすのか、やってみないとわからないところもありますが、確実にその連鎖はいたるところに偏在していますね。ただそれが相対的な変位差なのかどうなのか。
    ともあれ、旅費捻出は大変です。今後もスイス出張が少なくともあと一度予定されていますが、さてどうしたものか。スポンサーがついて頂けるとよいのですが・・・。大西洋を渡ってヨーロッパまでヒッチハイクはちょっと難しいかもしれませんね。

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