american dream

Philip Exeter Library by Louis Kahn

こちらではまだ2日というのに、クリスマス以来閉鎖されていた大学の施設が開館された。
図書館にはけっこうな数の学生がいる。こちらの学生は本当によく勉強する。頭の良さは日本の大学もひけをとらないが、なるほどこのモチベーションの高さは日本ではあまりないものかもしれない。日本人の僕は決してそうは思わないが、ここに詰めかける彼らは、どこかに自分の夢を自分で実現するという、アメリカン・ドリームが宿っている。
だがそれもアメリカ全体からみれば本当にごく一部の人たちだけなのかもしれない。
そう思うと日本に生まれた自分はどうだろうか。


アメリカに発つ前に、かつてGSDの同コースに留学された建築家の米田さんから、いろいろGSDの話を伺ったとき、ここには日本では考えられないエリートたちがいると聞きかじったたとがある。
たしかにアメリカは資本の自由はあっても、それが社会全体に及ぶ以上、お金をもてない人は水準以上の生活は望めない。保険すらここではすべて民営なのだから。つまり日本ほど平等な社会ではない。僕自身、アメリカ国内を旅するたびに、経済階級の差がもたらす社会層によって棲み分けがされた都市をいくつも見てきた。
その社会的な違いは、これはそれぞれのデザインの傾向にも重なっているところがあるといえなくもない。もちろんそれもケースによるとはいえ、乱暴に振り分ければ際立った個性・才能・(要素)や理を重んじるか、全体を構成するルールや情を重視するかといった思考の違いに結びついているようだ。それはどこか日本的なものを醸し出している。
年末、ある人の紹介でハーバードのビジネス・スクールに通う学生から、NYで若者向けの小さなホテルの企画をしたいので相談にのってくれないかと話を持ちかけられたことがある。

Chicago downtown

彼はドイツ人留学生だがハーバードカレッジ(undergraduate)からここに留学し、卒業後、国連関係に一度就く。しかしその後、また新たに自分のキャリアを展開させるため再びここに戻ってきたという。カレッジスクールの出身者はエリートの中のエリートである。カレッジは家系も入学審査で全体の15%ほど考慮の対象になるといわれるほどでもあり(GSDでは家系も年収も聞かれなかった。)、そしてかつ、彼らは本当に賢い。世間にはそういう人たちが本当にいる。
僕らが知る限りでは、近代建築史家として日本でも知られる、あのケン・タダシ・オーシマさんがそのご出身で、首席で卒業されたというのはGSDでは伝説になっている。その後、氏はUCバークレーの大学院に進まれたように、彼ら卒業生は必ずしもそのままハーバードの大学院に進むとは限らない。自身の学びたいと思う内容に適ったところにそれぞれ進むと聞く。
GSDにもすでにアトリエ設計事務所をもつ人物や、某建築家の元幹部、大学の教師というような、今更なぜ大学に戻ったのか一見不思議な経歴の人が結構いる。こういう人たちの経験談はユニークで、友人にして貴重な教師でもある。たしかに、こういう人と日常、情報を交わすことができる学校という場はとても貴重だ。
さて、そう、ホテルの企画内容をカフェで聞く。日本のあのコンパクトで濃密(dense)な空間の生活が好きだという。「東京スタイル」のこともちょっと知っているのか。仕事柄、第三世界の海外諸国にも転々として働いたこともあって、資源を無駄に浪費するアメリカの生活スタイルにオルタナティブを提案したいという。それにはマンハッタンがいいという・・・。
ワード?でスケッチ図面を書いて来たのには、のけぞってしまったが、職業柄、こちらも彼の意気込みに話を聴いていつの間にか、ここはこうしたらいいかもしれないなあ、でもこういうのも出来るよ、とついついのってしまった。人間的にもとても魅力をもつ人物である。

LA

実現にめどをつけるにはまだ時間がまだ時間が必要で、僕の卒業までにはとても間に合わないだろう。しかし忙しいのはお互い様の中で、それまで彼と友人としてもお付き合いできれば楽しいものである。彼がふとこう言ったことが心に残る。「自分が大学に戻ったのは、ただ他人から学ぶことではない。自分のやりたいことを実現するために、ここに戻った。だから自分がこれだと思うことをまず何より先にやりたいんだ。君だってそうだろ?」
それにどう応えたかはともかく、自分は今ここにいる。ぼちぼち、同窓の友人の何人かが、この1月でほぼ学業を終えて世界の各地に職場を見つけてボストンから移動の準備を始めている。書架でGSDの友人におれたちもご苦労さんだぜ、といわれて「茶に行こうぜ」、と返した。

13年前